フランスの匂ひ

2026-10-15

フランスの匂ひ


クリーム色の船室だ

十八世紀の帆前船の中だ

ほうれ、片よつた船の丸窓から

水平線がかつきり見えるだらう

夜は月が出て波がきら/\輝やく美しさ

ほうれ

「上げ舵」と水夫長の指導する声がのんびりと傾くだろう

ほうれ、ねえ

が、マダムよ、そんなに耳をすまさなくてもいゝ

(自然の声はすばらしい)

さあもう一ぱい浪のやうにビールの中へ笑をそゝいでくれい

船長はタバコものまないつましい大柄な男

事務長は広東生れの赤ネクタイ

おれか?

おれは濠州がへりの真珠採りさ

マダムよ、そんなに不思議な顔をしなくてもいゝ

おれか?

おれはお前の瞳のやうな真珠をとる働き手さ

久しぶりで国へかへる女しらずの初心な男さ

気に入らうとどつこい手に入らぬ若者さ

マダムは知るや知らずか姿を消した ――

風が潮の匂ひをぷん/\させるので

さあ、ビール気分でこのたくましい胸毛を見せ

カンガルーのなき声でもやつて見せようかな?

                    (鉢の木)