「何と書いてありますか?」という質問の面白さ

2025-05-28

「何と書いてありますか?」という質問の面白さ

杉浦幹享

これは留学生や本学の大学院生からの日本の古典作品の質問に共通することであるが、「これには何と書いてありますか?」という質問とともに古典作品の一部のスクリーンショットが送られてくることが多いのであるが、ほかに情報は一切示されず、困惑することが多々ある。「日本人なら読めるだろう」と思う気持ちはわかるが、こうした質問に答えるためには、まずそれを読むために必要な語彙と文法を特定する必要がある。そのために①「それがいつの文章か」という情報が必要で、次に②「誰が書いた何という作品の文章であるか」という書誌に関する情報が必要である。日本人は必ずこうした情報を添えて質問をする。

質問される側としてはこのような情報がないアバウトな質問に対しては持っている知識をフル動員する必要があり、試されているような感じがする。

まず目につきやすい漢字とか・漢語と和語の使用頻度を見て上代語かそうでないかを判断し、漢文であれば候文などの和化の度合いや定型句などから時代を予想する。和文ではまず外来語の使用頻度で平安時代か中世以降かの判別をするが、ここで判断に困った場合、細かく見て①仮名遣いの乱れの有無(乱れているか、定家仮名遣い・契沖仮名遣い・歴史的仮名遣いのように模範となる仮名遣いがあるか)、②平安時代に生じたハ行転呼(語中・語尾のハ行音がワ行音になる現象)の有無、③鎌倉時代以降に一般化した連声などの音韻変化があるか、④終止・連体形の合一があるか(終止法が終止形終止なのか連体形終止なのかを判断して古代語か室町時代以降の近代語かを区別する)、⑤二段活用が一段活用になっていないか(江戸時代の文章かどうか)、といった点から判断して大まかな時代を想定し、その時代の語彙と文法を用いて読解する。これでようやく学生からの質問に答えることができる。

これこそ古典学の本質であり、ある大学の西洋古典文献学の教授は試験で学生にラテン語の文を読ませ、これがいつの時代のどの地域のラテン語なのかを文法や語彙の特徴を用いて特定させる問題を出したという。これはまさに理想的な良問である。

学生に質問された時の私の心境はまさにこの試験の学生の気分である。私もいつかそうした問題を解けるような学生を育ててみたい。