妹への手紙(2)

2025-11-26

妹への手紙(2)

 

可愛いIren!

しんみりする雪の夜に

先づ静心を得やうとする者の思服を考へてくれい

案じるものよりも案じられるもの

始末に終へないやつだが

何がなしに身にさみしさをつけると

いち早く眼が輝やくこの頃の兄を忘れないでくれい

可愛いIren!

すべてよりも馬齢を加へて重くほゑめる人の顔

にくしみ、喜び

今年こそはそんな一本気はよさう

お前の云ふ喫煙はゆるせ

これは退屈と慰安のけぶり

けれど酒は赤く、苦しく、みにくさせる

だからい、だから心配しないで

お前の想像は決してわるい兄にはしやしまい!

可愛いIren!

兄は寒さに堪えた

お前と離れてから邪念でもないことに苦しんだ

兄のFavouriteは遠のいた

思念といふやつの力は日頃よりも弱く

それよりも以外なことで大きななやみ、怒らなければならない

太く波うつものが影を持ち

今では夕暮の千切れ雲にも話しかけたい位だ

風が冷んやり心を透き通る時

あゝ私は狂ふ代りに烈しい気もちでたまらない!

可愛いIren!

この二三日、私はピレニー守備隊の唄を口にしてる

妹よ、国境ほど私を惹くものはない

局部的にふるへてる私達の国

国を思ふと腹が立っ

この言葉にこゝの国の芸術家は不健康な嘲笑をするのだ!

可愛いIren!

今夜は()をみつめ

指をみつめ、爪をかみ

おのれ自身をこの部屋の煖炉の炎を染める

思ひはこんな時どこまで広く長く尾を引くか?

言葉を思ひ浮べても寒しい夜よ!

可愛いIren!

いろ/\な近況と用事とはお前の待つ次の便船にのせよう――

兄はかの西北へ行つた若い将軍のことを思ふ

兄は彼を愛す

あの刺刀は利れすぎたかも知らん

でも鈍い大刀よりは中部亜細亜の(そら)に光

兄は生命を花だと思ふ

兄は夢をかろく/\見たい

兄はいつもお前に云はれる駄々つ子

神が祝福する天地にあくがれる!

可愛いIren!

この八日はこの国の陸軍始の観兵式!

丘から下りてあの一月の風の練兵場へ

それから「ヴオルガ·ポートマン」を見に行

新しい制服に砂ほこりをつけて……

いゝ写真だつた!

お前も機会があつたら見るといゝ

そちらは忙しいのであのスクリンの世界を忘れてるだらう?

たまには人をもて遊ぶ印象の奥へもぐるのもいゝ

可愛いIren!

私達の母上は今夜もあの寂しい部屋に在はすだらう

外は風がもの凄く((うそぶ))く華北の夜天

星はお前達を鋭くさせるのをいつも私は恐れる

お休みなさい! 我が母と妹!

春がくる日までに兄の小さいヂクザクもなくなつてるだらう

雪のこの夜の物音をきゝすましては

たまらなくなつてこの手紙を書きしるす

いつも健やかで正しいため

いつも朗らかで凜々しいため

兄は大きななやみにも泣けやしない!

唯、この次眼をつぶりたいのだ!

Iren!

ペンを持つ以上に

たまらないものが追てくるからね

私の一人の妹 寧馨!

   お兄の一人の兄 宇比雄