点火時の前

2024-12-06

点火時の前

タバコの火と和蘭陀小皿をみつめてる

暑天の動かぬ窓の梢

空の上一直線に行く音は何だ!

あれはMG、彼自身を驚かす物すごい物音

灌木の小枝、馬場を走る一群の乗馬者を貫き

天地一ばいドドドドツとひゞく重強音!

その間に流れるやうな煖炉の呼吸があるから

左の類に暖かい熱がくるんだ

もう日暮だといふのにこの無言劇の心を動かしてゐるんだ

【和蘭陀】

オランダ

私は雪もよひの空を考へてる

あの白い生きものがちら/\踊つてくることは、我々のよろこびにちがひない?

あのちく/\来る針のやうな生きものめが

卍巴に、 霏々 ひひと、或はすつぽりと天地をおひかぶせて……

【霏々】

雲や霧、かすみが一面に立ち込める様子のこと。

ああ、タバコのけぶりばかりで『世界大戦争』を回想してしまつた

もう灯のつく頃を心にない頁ばかりめくつてゐる

午後一ぱいしきりなしに鳴つてたあのMGの音にも飽きがきて

息づまる寒さにまつ赤に赤くなつた夜を待つ

このツンドラ帯の鈎のある風物に

いつもの工場がへりの人々の足音が引つかかる時

自分は裏門に立つてその人達の後ろ姿を見送らう!

雪もよひの空だ!

きつい寒さだ!

自分の世界の土手つ腹をけ破るドドドドツと云ふ重強音!

ああ、いつから君と離れた

自分だけの祝盃を飲みほす時は何時だ?

張りきつた透明な世界は今またはつきり破られた!

地上にぽつとMGの三角火が閃くのは君には見えまい?

この動かないものの動き、それすらも君には

煖炉のちよろ/\火が一条の煙となつて空に昇るのも……

今はもう君に自分ははつきり見えまい?

自分の貌が君の心中にないのは勿論のこと

夕方近い君の世界にも、僕の考へてる世界にももうすぐ が入る

そして雪は恐らく今日も一つの風物として自分の愛望にすぎなかつた!

一陣の風がほしい!

往くものを忘れる風、未来への強風!

沈默の静けさをあゝ、またもつんざくMGのすごい物音!

私は灯がぱつと明るくなるまで自分をみつめてゐる――