夏の白い小さな花よ!

2024-12-31

夏の白い小さな花よ!

 

A

 

烈しいものがあまり動くため

君は僕の美しさがわからない

君はゴムの匂ひのするあの秋のアトリエに

もう一ぺん紙つぶてを投げて大気を振動させるがい、

そして雪が降れば

もう一ぺん心をおどらせておのれを顧みるがい

そこには君だけの美しさが浮んでゐる

そこには回想がまだ虹のやうに淡くみえる

 

B

 

なるほど僕には君を支へる力がない――

君は今日僕の行く()()の花

君は雨あがりの空にふつと消えてゆく星

君は外濠線を風となり

バミリオンの雲を消えさせ

夕やみに光る衛兵の銃剣をくぐつてきた尖た心!

僕よりもオレよりもりしい尖た心!

だが、今となつてみりやそいつは僕には苦しい

そいつはどんと迫てくる機関銃隊の影形(シルウエツト)

思ふまいとすればちら/\光る星!

 

C

 

僕は今でも君を限りなく知ている

邪念といふか? 未練といふか

この眼にきつく輝くこの一筋の光り

君は笑ふだらう?

君は悲しむだらう?

喜ぶかもしれない

だがこの一人の男はまた別な思ひに疲れてる

仲間たちと君の知らない別な世界へ前進しなければならない!

 

D

 

夏の白い小さな花よ!

灯を消すとタバコがにがく、ばかに僕は長い夜を考へてる

夏の白い小さな花よ、時鳥が泣いてるね

青葉の香りがやがて真夏の太陽となる

そして邪念と背中合せの僕は

明日朝霧の中で昇天するきれぎれな喇叭の音

また、またくる夜の不思議さの中で

一個のつくねんとしたおもしろい影

 

E

 

、眼ばかりだ!

夏の真夜中に鞭の音がきこえる

ほらね、ほら!

ほらね、ほら!

君は翌くれば灼熱した太陽の世界には見られない

君はとにかく市街で会へばオレの花

君はやがてつましい(をみな)となり

僕はあらぶれて夏の嵐、冬の嵐

それでいんだ

あの烈しさ、美しさは君に感じさせたくはない

君は君で行け!

市街で会へば季節季節の小さい花となれ!

はにかむのもい

つんとするのもい

彼はもうあのなごやかな大気の中で

君を思ふことの出来ない男だ

“Mr Soldier”と呼びかけられても

彼はつましくりしく返事を朗らかにすることが出来まい

そしてそれも遠い声となてゆく

夏の白い小さな花よ!

夜があければ僕は勇しい喇叭の音と共にあの広つぱへ行く

オレは君を知らない人にする

夜が明ければあの胸にくる青草の匂ひは

オレをめぐつてふりかへるをすら出来ない……