動物園にて       ――主として北極熊について――

2025-03-17

動物園にて

      ――主として北極熊について――

 

動物園の白熊は

二匹そろつて重量のあるものの生活を表示する

彼らの郷愁はおれのやうにまとまつたものではないらしい

彼らは冬―春、夏になるまでの空から

どの位夢見がちに雪を望んでたことであらう

青くたゝえた水の中で巨体を波うたせてる彼ら夫婦の心理

深淵めいたこの水道の水の中の水中思想

あゝ正午近くなつたら

この二匹の生き物は何の食べ物にありつくだらう

 

動物園の白熊は

水沫をパツとちらすと高石よりも鶴田よりも鋭い形態になる

見てるおれ達の眼にはねかへるのは溌溂な新緑のレンズか

おれには季節の眼はない

おれにはセメント造りの氷山を笑ふほどの資格はない

おれには人間の世界なんか忘れてるやつらが面白く見える

 

生活全体水にびつしよりぬらして

どの人間が彼らのやうに勇敢になれ得やう

純白な毛皮、けれど妻の方の眉間の鮮やかな傷跡

どの人間がこの生きものゝ愛人を傷つけたであらう

下手の空竹割りのヲツトセイの叫びは

日に何度この二匹の耳を憂鬱にすることか

 

動物園の白熊は二匹ゐるから

大きななだれ肩を水に打たせて風と青葉の匂ひを調和させる

四月の花を雪だと思つたあの頃は君達もばかだつた

五月、エゝテルの中の愛の生き物は幸福そのものだ

見てるおれにはねかへる水沫はおれを若がへらせる

おれはおれであることを

白熊は白熊であることに引例する

 

だが、おれには白熊はどの幸ひはない

動物園へ来るといろ/\な人間の形態をみせつけられる!