新嘗祭の夜

2024-12-13

新嘗祭の夜

Nocturne No. 3

 

【Nocturne】

ノクターン

夜想曲

 

丁度八時

しみじみと寒さにふるへてる僕

うすつぺらな心は寒さにいたんでる

浮気もの眼は閉ぢた!

外を荒しまはる風の音

昨日行つた火薬製造所の黄色薬の匂ひ

 

丁度九時

喇叭((ラッパ))がな点呼の悲しいリズム

僕は立つてる寒さに身ふるわせて

赤い週番肩章の士官の靴の音

メカニクな番号が僕の前をパスする

 

丁度九時半

光りがなくなたベトの中の細眼の夢

何が見えるだらう? オレといふ生きもの

何もきこえやしないあれは風の音

ぶん/\指先きの蜜柑の匂ひ

誰か来てはすぎ去つたこの小さい走馬灯

それにえぐるやうな恐しい中空の喇叭の音

馬は厩でこつ/\とおのれの蹄の音をきいてる寒夜

 

丁度十時

死んでしまへ! まだふるへてる僕

硝子窓は風におびへて一人の天邪鬼をおどかす

発動機講堂の()()()の上では

おち葉が終夜かろやかな円舞(ロンド)をつけるだらう?

「三つ星は」?

「三つ星」は棒の梢から格納庫の天へ

明日の晴天は?

明日は終日演習御あひにく様!

(咳一つ誰かすると鋭くも振動するこの第七寝室)

 

ところで寒い枕夜に光る腕時計

風はまだ((うそぶ))いてるね

うんあれも天邪鬼でな

今一気に市谷台を吠えながらかけ下りた

あの夢を運ぶ夜汽車の窓を叩きに行つた!

そのあとはまあしばらくは手風琴と森の静けさだらうよ?

 

――十時二十五分過ぎ

安らかに死んでしまへ! まだ生きてゐる僕

夜は寒さで寝室の白堊((はくあ))の天井が悲しいフイルム

僕はまだ眼をつぶり乍ら眠れないんだから情ない!

僕は歴史を考へてる僕自身の今日一日の日誌を

いやそれよりも死にたいこのかなしい世界から

 

あくびは大きいがまだ十時二十五分

動かないくせに神秘的に輝やく青い時計の針

もうたまらない! たまらない!

くらやみのすべてが見える!

ワアツ! 毛布を頭からすつぽりだ!

これがどん底でこれが大団円だとい――