氷雨の夜

2024-12-15

氷雨の夜

Nocturne No .4

梢さん、梢さん

雪でも降りさうな てんから

またもやつて来たね、氷雨の光り

このわびしい鈍重な大気をちく/\させて

いやにい隼のやうなやつが

市街市街の暮れかける時

灯といふ灯が小さな円空にふるへる時

あなたの前を鋭くもす早くも――

それで眼をつぶつて

私は硝子窓の幻燈風景をたのしんでゐる

私はあなたを思ひ出さうとしたが

今この気持ちではうまく描けない

氷雨がパラ/\通つて行く

私は昨日の自分を見た

昨日はお (ほり)ばたで猛烈な風をくつた

あの 暴君 タイラントに向つて抜き手を切つて行進した

負けるものか!なに、負けるものか!

あの夕ぐれの本念が私にほしい!

梢さん、梢さん

今、自習室の南の窓をふるはすのは

こゝから一里、港から来るあの気笛

それに思ひ出したやうな暗の中の自習喇叭!

馬場も草原も 砲廠 (ほうしよう)も皆くれて

あなたと話したマテオリッチの夢も遥かな冬

天と地とが刻々と迫られてゐる、十二月の寒さ

私は窓ぎはの白いカアテンにもたれてゐる

それをると明るい灯が眼に迫る

氷雨のやつは隼のやうに

或は小統弾のやうに

光り!寒さ!この感情をすぎるのは無の恐しきだ!

【砲廠】火砲やその材料をしまっておく場所

梢さん、梢さん

あゝもうとつぷり暮れた一九二七年の日本

やつは過ぎ去つた遥か市街を超えて

私はその後にくる寒さを待つてゐる

思念がやがてあやしい宝石のやうに光るのを

そして季節の匂ひがぷんと鼻に来るのを

安らかさといろ/\

身に迫る烈しさといろ/\

くるクリスマスの暖い夜を考へ

この寒さがあなたにもめぐることを考へ

これからまた赤と青との戦争ごつこの私の仕事を初める前に

梢さん、きこゑるか?荒涼な冬に応へる歌

“Love's old sweet song.”の一節

 Just a song at twilight, when the lights are low,

 And the flick'ring shadow softly come and go……

Tho'the heart be weary, sad the day and long,

 Still to us at twilight comes Love's old song, Comes love's old sweet song.